1970年代以後、日本の新左翼組織の多くは、自分達が大衆から遊離してしまっていることを直視せずに御都合主義的な「状勢分析」を行い、これに基づいて「日本に革命を起こす」ための彼らなりの青写真を描き、彼らなりに計画的に活動していた。
それに対して東アジア反日武装戦線などの「反日主義」を掲げる組織は、「日本を滅ぼす」という遠大な目的はあっても実現のための具体的なプロトコル(手順計画)を持たず、自分達の政治思想に基づいて場当たり的に「日帝の歴史的罪業にオトシマエをつける」としてテロを行い、大衆の支持の有無は必ずしも意に介さない傾向にあった。アイヌおよび朝鮮半島への日本による「侵略史」を学習するなかで、独自の「反日思想」を持っていた。それは権力層だけではなく、日本企業や労働者をも日本帝国主義の「侵略実行犯」として攻撃の対象としてよいとする思想であった。なお真の革命闘士は山谷の日雇い人夫だとも述べている。
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『腹腹時計』では日本の一般大衆を「日帝本国人」と規定し、「反日闘争」に加担しない日本の一般大衆を「日帝」の成員として断罪していた。
三菱重工爆破事件後に出された犯行声明では、「爆死し、あるいは負傷した者は、無関係の一般市民ではない。植民者である。」と、無差別テロが正当化されていた(後に自己批判)。このあまりにも独善的かつ危険な思想のため従来の左翼勢力ですら大道寺を支持するものは少数であった。(政治運動において大衆や市民を敵呼ばわりするのは支持を得る上ではタブーであるため。)